ご挨拶

第93回日本細菌学会総会を担当させて頂くにあたり日本細菌学会会員および関係者の皆様に一言ご挨拶を申し上げます。

 日本細菌学会の総会は、第1回が1927年(昭和2年)に当時の慶應義塾大学医学部長で初代日本医師会長であられた北里柴三郎先生(男爵)により慶應義塾大学において「第1回 衛生学微生物学寄生虫学聯合学会」として開催され、その後、敗戦の年の1945年(昭和20年)に1回中断されたものの、本総会は90年以上に亘り開催されてきた国内で最も歴史と伝統を誇る学術総会の一つです。

 第1回総会当時の昭和初期は、結核で毎年約80,000人が死亡し、また、ジフテリアや百日咳により毎年全国でそれぞれ10,000人以上が、破傷風でも毎年1,000人以上が死亡するという、感染症の暗黒時代(Medical dark age)でした。そうした状況下で、医学研究の分野では各種の病原体や感染症に関する研究が重要な位置を占めた時代でもありました。その後は、北里先生が開発された抗血清療法により破傷風やジフテリアで死亡する人も徐々に減り、さらに第二次世界大戦後に大量生産が開始されたペニシリンやその後の各種の抗生物質や抗菌薬の実用化、それに加え各種ワクチンの開発と普及、栄養状態の改善や上下水道の完備などにより、1970年代以降は「細菌感染症は過去の病気」などと錯覚が持たれたり楽観視される時代が到来しました。たしかに上下水道の完備や食品の衛生的製造と冷蔵庫やコールドチェーン(cold chain)の充実などにより、1960年代以降、細菌性食中毒などの患者数は徐々に減少してきました。しかし、1980年代に入ると、常在菌的な黄色ブドウ球菌や腸球菌、肺炎球菌などのグラム陽性菌においてMRSAやPRSP、VREなどの薬剤耐性菌が広がったり出現し、また、第三世代セファロスポリン(3GC)に耐性を獲得した大腸菌や肺炎桿菌などが出現し始めました。さらに1990年代には、多剤耐性結核菌(MDR-TB)とともに広範囲の薬剤に耐性を獲得した多剤耐性緑膿菌やアシネトバクターなどのグラム陰性菌が出現し広がり始め、2000年代に入ると、1980年代に出現した肺炎桿菌や大腸菌などの3GC耐性株(いわゆるESBL産生菌)が、医療環境のみならず市中の健常者や家畜、ペットなどへも広がり始め、特に切り札的抗菌薬であるカルバペネムに耐性を獲得した各種のグラム陰性腸内細菌科細菌(CRE)が2000年以降、地球規模で急速に拡散しつつあります。

 このような中で、日本学術会議も参加するGサイエンス学術会議は2013年と2015年の二度にわたりそれぞれ「感染症と抗菌剤耐性 :その脅威と対策」および「病原微生物の薬剤耐性問題:人類への脅威」という共同声明を発表し各国政府に対し対策強化の重要性と緊急性を提起し、2016年の伊勢志摩サミットでは、薬剤耐性(AMR)問題への対策が、各国が共同・連携して対処すべき国際的な最重点課題の一つとして再確認・合意され、現在、わが国でもWHOが提唱する「One health approach」の観点なども考慮しつつ、厚生労働省、内閣府、農林水産省などが連携しつつ、AMR問題の克服に向けた総合的な政策が打ち出されつつあります。

 AMRが問題となっている病原菌の多くはいわゆる弱毒性の「常在菌」や「日和見細菌」ですが、マクロライド耐性の肺炎マイコプラズマ、さらに食中毒菌であるサルモネラ属菌やカンピロバクター属菌、赤痢菌、ビブリオ属菌でも種々の耐性菌が出現し、特に最も警戒すべき結核菌でも、MDR—TBよりさらに広範な抗結核薬耐性を獲得した広範囲多剤耐性(超耐性)結核菌(XDR-TB)がアフリカなどの発展途上地域や東欧・旧ロシア地域などで広がり、国内でも各地で分離され国際的にも深刻な問題として警戒される事態となっています。

 細菌のみならず、真菌や原虫・寄生虫に対しても有効な抗微生物薬が枯渇しつつあるこのような時代は、国際的には「Postantibiotic Era」とも呼ばれつつあります。1900年代初頭のように微生物感染症に対する有効な治療手段がなく、人々の生活と生命が現実的な脅威に晒される「Medical dark age」の再来を防ぎそれを克服するため、細菌学を含む微生物学の研究に従事されておられる全ての研究者には、それぞれの研究分野・領域においてこの間蓄積されてきた学術的成果と英知とを、人類が直面しているAMR問題に立ち向かうための手段として結実させることが社会から強く求められています。そこで、第93回の日本細菌学会総会の主テーマを「Postantibiotic Eraと細菌学」、副テーマを「Medical dark ageへの挑戦」と設定し、2020年2月19日(水)〜21日(金)にJR名古屋駅前の「ウインクあいち」において開催させていただくことになりました。
 つきましては、日本細菌学会会員の多くの皆様とともに細菌学会以外の微生物や感染症関連の学会に所属され、日常的に各種病原体等の検査業務や解析・研究、感染症の予防・診断・治療、疫学等に携わっておられる多方面の方々にも有意義な総会としたいと思いますので多数の皆様のご参加をご期待申し上げております。

第93回日本細菌学会総会長 荒川宜親
名古屋大学 分子病原細菌学分野 教授